愛知県阿久比町

引っ越しにより5年生の2学期から愛知県阿久比町の英比小学校に通うことになりました。名古屋鉄道河和線の坂部駅の近くにある小学校です。
徒歩通学ですが、その距離は3km以上。自宅は山を切り開いた新興住宅地にあり、住宅街から町内へ行き来する幹線道路は作られている最中だったので、農道や山道を迂回して通学しなければならなかったのです。幹線道路は小学校卒業間近に完成し通学路は2kmに短縮されましたが、それまでは通学に1時間程かかり大変でした。初登校の帰り、同じクラスで近所の女の子が家まで送ってくれました。住宅街は同じような作りの家が多かったので、案内してもらえなければ家にたどり着けなかったと思います。
転校生直後は、かなり緊張して過ごしていました。担任の先生は明るく活気があり、少し変わったルールを決めていました。先生のことを「先生」ではなく「お師匠さん」と呼ぶことになっていたのです。当時の私は、ニックネームで先生を呼ぶような気がして、なかなか呼び方を変えられませんでした。担任の先生が、初めて男性になったことも一因でした。先生は「一人だけから先生と呼ばれてもな~。」と言っていましたが、私が呼び方を変えられる日を待っていてくださっていたようです。
成績は相変わらず、図工が得意で、体育が不得意でした。2学期の図工で版画を作る授業があり、テーマに迷って、転校前の学校で行ったキャンプ実習の飯ごう炊飯を絵にしました。クラスメイトに何の版画か質問された時に、転校後の学校ではキャンプ実習が無いことがわかり、前の学校のことをあまり考えないほうがいいと思うようになりました。その頃はよほど転校前の学校が恋しかったようです。
同級生は元気な子が多かったです。一番覚えているのは、最初に隣の席になった男の子です。転校前の学校の通知表を提出する時に、その子に見られてしまい「5ばっかりある!」とクラス中に聞こえるような大きな声で叫ばれてしまいました。当時は5段階評価の通知表で、実際には3や4も多く混ざっていたのですが、恥ずかしくて何も言えませんでした。早く席替えになってその子と席を離れたいと思いましたが、いざ席替えがあると意外にさびしかったです。
一度、筆箱の金属部分を太陽の光に反射させ、その男の子の周りに光を照らして、ちょっかいをかけたことがありました。その子は、光の出どころがわからず戸惑っていました。ところが急に顔の前がまぶしくなりびっくり。先生が、腕時計を私と同じように反射させて、光を私の顔に近づけていたのです。今振り返ると、心ないいたずらをしたと思う反面、クラスメイトの前で叱られる事無くやんわり注意していただいて良かったと思います。
男の子と女の子グループで張り合いをしたり、男の子の笛を口に近づけられそうになったり、いろいろな出来事がありました。当時は嫌だと思ったことも、今では楽しい思い出ばかりです。3学期の最後には、ようやく私もクラスに慣れてきました。先生をお師匠さんと呼べるようにもなり、個人懇談会で母に「やっと呼んでくれました。」とお師匠さんが言っていたのを覚えています。
その後、町立の阿久比中学校へ進学し小学校のクラスメイトと中学校生活を送りました。転校後の小学校生活は短いものでしたが、お師匠さんのおかげで楽しく過ごせ、その後の学校生活はすぐに慣れて良かったです。

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